ハスカップ&ブルーベリー「風農園」2024年の開園を目指して

風の町、歴史の町、上ノ国

北海道檜山郡上ノ国町 - 町のシンボルでもある「夷王山」には、巨大な風車が何基も建つ「風の町」です!日本海側に長い海岸線をもつこの町では、日本海側から吹く「たば風」が強く、それに加えて太平洋側から吹く「やませ」が山の合間を抜けてやってくるため、一年を通して風の強い日が多くなっています。

歴史的には、鎌倉時代ごろから本州よりこの上ノ国へ和人が渡ってきて住みつくようになりましたが、1457年に先住民族であるアイヌと和人との大きな戦い「コシャマインの戦い」が道南で勃発しました。当初はアイヌが優勢でありましたが、その時、この上ノ国に渡ってきていた武田信広が立ち上がって勝利し、北海道における和人と自らの地位を確立しました。その後、武田信広は夷王山に勝山舘を築城、交易などを行って繫栄し、その子孫が江戸時代に松前藩を開くこととなります。

このような歴史から「和人文化発祥の地」とされる上ノ国町ですが、後年行われた勝山舘跡の発掘調査で、敵対関係にあったはずのアイヌと和人が共に生活していた痕跡が発見され、アイヌと和人の共存を物語る数少ない場所ともされています。

なぜハスカップ?

ハスカップは北海道に自生していた果樹。昔からアイヌと共にあり、その実は長くアイヌに愛されてきました。近年、その栄養価の高さから「不老長寿の果実」とよばれていますが、水分の含有量が多く、皮が薄くて傷みやすいことから流通にのりにくく、特に本州ではお目にかかることが少ないため「幻の果実」とも呼ばれています。

道内でハスカップの自生地として有名なのは苫小牧周辺の勇払原野ですが、現在ではほとんど自生のハスカップは見られなくなってしまいました。そんなハスカップを、アイヌとの縁が深いここ上ノ国町で蘇らせ、北海道を訪れる皆様に、昔アイヌがしていたように摘みたてを食べてもらいたい、そんな思いがハスカップ農園開設の動機です。

なぜブルーベリー?

ハスカップに味と栄養価がよく似ている果実がブルーベリー。こちらはアメリカ原産ですが、昔から先住のインディアン達が食料としていた点でもハスカップに通ずるものがあります。

日本でもブルーベリーを栽培する農家さんが各地にありますが、元々ブルーベリーの栽培に適した土壌が日本にはないため、生育が十分でなく、果実の味も今一つという状態にありました。ところが近年、人工的にブルーベリー栽培に適した土壌を作り出す養液栽培という手法がうまれ、それによって育てられたブルーベリーは甘味があり、とてもおいしいという評判になっています。

ハスカップの欠点は酸味の強さ、つまりすっぱいこと。この養液栽培の手法を応用して、よりおいしいハスカップを育てるための研究をしつつ、ハスカップに比べると栄養価は劣るものの、味に優れたブルーベリーを一緒に育てることで、ハスカップの欠点を補う果実として農園のもう一つの柱にしたいと考えています。

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